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日高川町 原日浦   赤松 義之 (あかまつよしゆき)さん (69歳)

就農年数 49年  運送会社経営の傍ら、奥様と2人で水稲37a、八朔20aを栽培されています。
日高川町議員。   
赤松義之さん広報誌『はあとふる』2009年2月掲載記事より

 喜んでくれる人がいる限り!

 赤松さんは、ご両親の跡を継ぐため20歳の時に就農されました。45歳で運送会社を起業され、『半農半業』で生計を立てられています。3年前まではご自身もドライバーとして従事されていたそうですが、現在は信頼のおける従業員の方々に任せ、奥様とお二人で農業に力を注がれています。


○農業の苦労と対策
 原日浦地区は中山間地域にあり、平野部に比べると、厳寒期には雪が積もることもあるほど冷え込むそうです。農業を営む中で苦労されるのは、やはり天候とのことで「毎年同じではないところが難しい」と話されます。

 また、鳥獣害もひどく、川向いの三十木地区にある水田は電気柵で囲われていますが、こちらの八朔は猿に一割以上食べられてしまうとのことで、圃場にはたくさん落とされていました。対策として猿の生息数を減らそうと、昨年12月に区の取り組みで捕獲檻を設置され、ちょうど餌付けをされているところです。


○尊い歴史
 赤松さんの八朔畑は、急な山の斜面に造られており、栽培や収穫に大変な労力を要することが想像出来ます。「モノラック」の設置で運ぶのには便利になっているようですが、「平地に植えるよりも枝の伸びが悪く、収穫量は半減。手間ばかりかかりますね」と話されます。

 しかし、立派な石垣が積まれ、見事な段々畑となっています。「この石垣は、ちょうど私が小学生から中学生の頃、祖父が先頭に立って造ったものなんです。何年もかかって、家族皆で河原から運んだのを思い出しますが、今思えば相当な重労働だったんでしょうね。この先祖から受け継いだ大切な農地を、なんとか継承していきたいと思っています」と、深い想いが込められています。


○農業の喜びと誇り
 赤松さんは「収穫の喜びは特別」と話されます。ご自身で栽培されたお米や八朔を、毎年、大阪に住んでいる3人の子供さん達や関東のご親戚に送られているそうです。「損得で考えると、農業は出来ないものです。喜んでくれる人がいる間は、体力の許す限り続けていきたい」と意気込みを語られます。

 また、「孫たちはまだ小さいですが、遊びに来た時には稲刈りや八朔の収穫を見て楽しんでいます。家族みんな、日本のお米、特にうちで作ったお米が一番おいしいと思っています。食糧難へ向かっている現在、子供たち孫たちの代のためにも、日本人はおいしいお米を作らなければと思います」と、誇りを持って農業に携わられています。


○相互扶助の精神
 赤松さんがいつも心に刻んでいる言葉は『思いやり』とのこと。ご結婚されて37年になる奥様には、「注意力が足りないと、よく怒られるんですよ」と言いながらも、「最高の家内です」と満面の笑みで話されます。いつもご一緒に農作業をされているお二人の『思いやりの心』で繋がる愛情が伝わってきました。

 また、赤松さんは旧中津村時代より現在まで議員を20年間務められており、そのご経験の中で「人のありがたさが身に沁みました」と感慨深く語られます。

 「高齢化が進む中、農業を継承していくためには、今後は地域の人々が共同で作業すべきですね」と、日本の農業について真剣に考えられています。


 農地の継承と地域農業振興のため、赤松さんの末永いご活躍を期待しております。

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