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御坊市 藤田町吉田   阪本 義尚 (さかもとよしなお)さん (33歳)

就農年数11 年。 スイートピー30a、ミニトマト「アイコ」15aを栽培されています。
JA紀州中央青年部副会長。
阪本義尚さん広報誌『はあとふる』2010年9月号掲載記事より


 7月30日に行われたJA和歌山県青年大会で、JA紀州中央青年部副会長の阪本義尚さんが、県代表に選ばれました。
 1月21日の近畿大会に出場し、全国大会を目指します。
 今回は、青年部の仲間や家族のつながりから得た農業への自信をテーマにした阪本さんの主張発表をご紹介致します。


 信じて進むぜ「この道」を


 「レンジャー阪本異常なし」

   この言葉は、私が高校卒業後に入隊した陸上自衛隊で、レンジャー教育を受けた時のかけ声です。単に、点呼で発するだけではなく、自分に迷いが無く、自分の信念を貫くという事をも意味している言葉です。

 レンジャー教育は、身体検査や体力検定に合格した一部の精鋭だけが参加することを許される約3ヶ月にわたる地獄の訓練。たとえ参加出来たとしても半数以上の人がリタイアしてしまう本当に厳しい訓練です。ヘリコプターからロープ一本で地上に降りる訓練、服を着たままの水泳訓練、毒ガス訓練、山にこもって自分たちで食糧を調達する自給自足訓練までありました。

 あと一週間で卒業という時、私は訓練中に力尽きて倒れ、リタイアしてしまいました。その時はとにかく悔しく、今までにない位の涙を流しました。そんな私に、いつもは鬼のような教官が「今回はお前の力が足りんかったんや。この悔しさを次にぶつけろ。待ってるからな‼」と、厳しいながらも愛のこもったゲキに、自分も泣いている場合ではない、もっと力をつけ、また挑んでやろうと必死に訓練に励みました。

 そして迎えた2度目の挑戦。鬼教官達のシゴキはひどく「阪本は一回経験してるから、20㎏背負って20㎞走や」と、さすがについてはいけず、先に走り終わっていた仲間に抱えられながらのゴール。前回リタイアしてしまっている私はプレッシャーから過呼吸になって倒れたりもしました。そんな私を、自分のことだけで必死なはずの仲間達が何度も助けてくれては励ましてくれ、そして卒業まで導いてくれました。

 自分にいくら体力や自信があっても、一人では出来ないことがたくさんある。同時に、辛い時には助け合い、楽しい時には喜びを共にできる仲間の大切さを心の底から感じました。

 その後、しばらくは自衛隊での訓練を続けましたが、いずれは農家の長男として家を継ごうと考えていた私は、厳しい訓練を乗り越えた自信と誇りを胸に、農業という道に進む決意をしました。

 はじめは自衛隊で培った経験を活かし、農業でも仕事をこなせる自信があったのですが、自衛隊時代には大型車両を動かしていた私が、小さいトラクターの扱いに悪戦苦闘。地の緩んだ斜面では、脱出不可能になったことも。また、力任せでも何とかなると思っていた耕運機は、横転させる有様。体力と根性だけが自慢だった私が栽培していたのは顔にも似合わないスイートピー。何も知らない私は、自衛隊時代に喉が渇いて辛かったことを思い出しては、たっぷり水をやり、花びらを全部落としてしまう大失敗。何をやってもうまくいかず、気が付けば就農直後の全く迷いの無い自信は影をひそめ、何をするにも自信の無い不安一杯の自分がいました。

 さらに、一緒にやっていた親とも意思の疎通がうまくいかず、しばしばケンカになっては一人で悩んだりもしました。その度に思い出していたのは自衛隊時代のこと。仲間と共に助け合い、励まし合いながら、厳しい訓練や辛い作業をやり遂げていた日々のことでした。地元に戻り就農してからは、うまくいかない農作業に追われ、家族以外との会話がない日も珍しくなく、ただ一日、また一日と過ぎていました。

 そんなある日、JA青年部の方が家に来られ、「阪本君、青年部入れへんか?」「飲み会もあるし楽しいと思うで」と誘ってくれました。心の中ではとても嬉しかったのですが、「農業の事を全然わかっていないのに受け入れてもらえるんやろうか?」という不安の方が大きく、返事を渋っていましたが、何度も足を運んでくれては、「わからんことがあったり、迷ったりした時、気軽に青年部を利用したらええんや」と言ってくれました。その力強い言葉のおかげで気持ちが固まり、素晴らしい仲間と出会う事が出来ました。

 入部してからも部員のみんなは、私のちょっとした質問や悩みなどに丁寧に答えてくれました。酒の席では農業に対する熱い想いを語り合ったり、時にはバカ話やちょっとピンクな話で盛り上がったり。青年部という空間で、私はのびのびと大きく成長していけるようになりました。ぼんやりした日々に刺激を与えてくれる青年部。農業でもやっていけるぞ、という自信と、改めて仲間の大切さを感じました。

 自信とやる気を取り戻し始めた私に、苦労を繰り返していたスイートピー作りで転機が訪れました。手間をかけている割に、思ったような値段で売れてくれないスイートピー。何とかならないものかと思い、それまでは同じ品種の一色を入れていた箱に、赤・白・黄・ピンクと色々組み合わせて入れると面白いのではと考え、試してみました。登録名は、鮮やかな色とりどりの花びらが舞っている様子と、私の娘の名前から「舞衣」と名付けました。すると、今までにない高値を付け、家族みんなで喜びました。一生懸命に育ててきた努力が認めてもらえたという喜びが、私をはじめ、家族みんなのスイートピー作りへの想いを今まで以上に加熱させました。少しでもいい花を、消費者に喜んでもらえる花を、という一心で家族の気持ちがひとつになりました。そして4年前、我が家のスイートピーは、和歌山県花と緑のフェスティバルで農林水産大臣賞を受賞するまでになりました。

 この時、昔の迷いの無い自信たっぷりだった自分が戻ってきたのを強く感じました。

「ファーマー阪本異常なし」

 就農したばかりの頃は、どこに自分が向かっているのか全くわからない日々が続いていました。しかし、仲間との出会い、家族との協力を通じて、農業というものは色々な繋がりが本当に大切なんだと感じました。そして、やりがいにあふれ、本当に魅力あふれるものだと実感しています。

 やはり私が進むのは、農業という「この道」なんだとはっきりわかったのです。

 最後に、自衛隊時代から私の心に沁みる歌を紹介します。


   「この道」

   明日があるから 明日のために      ただそれだけを守るため
   我らが選んだこの道を            たとえどんなにつらくとも
   歩いてゆこうよ「この道」を

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